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今治とのつながり

品質が高いと世界でも評価される今治タオル。
愛媛県今治地方の豊かな自然と、伝統を受け継ぐ職人たちによって、高い品質の今治タオルが作られています。
今治謹製もまた、その職人達の技術により生み出されています。

今治地方について

自然

自然

今治市は、愛媛県の北東部に位置し、瀬戸内海のほぼ中央部に突出した高縄半島の東半分を占める陸地部と、芸予諸島の南半分の島しょ部からなっており、豊かな自然と温暖な気候を兼ね備える町です。

やさしい水

やさしい水

今治市内に流れる蒼社川は、京都の鴨川、金沢の犀川と並ぶ名水。晒しや染色というタオルの生産において非常に重要な工程で必要となる大量の水、その良質な水源も、今治の伝統と技術を育んできました。蒼社川の源流、鈍川渓谷は、「二十一世紀に残したい四国の自然百選」にも入選しています。

歴史

歴史

愛媛県「今治」地方は古くから繊維に縁が深い地域です。正倉院南倉の御物のあしぎぬ(絹織物)に伊予国(現在の今治地方)の記述があります。1559年に崑崙人が持ち込んだ綿花もその温暖な気候から栽培が盛んになり、江戸時代には綿織物が始まります。明治時代には矢野七三郎が綿ネル織物を始め、ついに明治27年(1894年)に阿部平助氏が綿ネル機械を改造してタオルの製造を開始したところから今治タオルの歴史が始まります。

1886(明治19年)

今治の綿ネルの始まり

今治の綿ネルの始まり

矢野七三郎氏らは今治町内三番町に工場を設け、木綿織機8台で綿ネルの製織を始めた

1894(明治27年)

今治タオルの歴史はここから始まる

今治タオルの歴史はここから始まる

阿部平助が今治町内風早町で改造織機4台を用いてタオルの製織を開始する

1910(明治43年)

今治の麓常三郎がタオルを同時に2列製織できる二挺バッタン(麓式タオル織機)を発明した

1912(大正元年)

綿ネル織機を利用して綿ネルの不需要期に副業として広巾織物の製織を始める同年、中村忠左衛門が単糸先晒縞タオル(それまでのタオルは後晒だった)の生産を開始する

1921(大正10年)

今治タオルの歴史はここから始まる

愛媛県工業講習所の菅原技師が厩機をタオル織機に改造し200口の半木製ジャカード機による試織に成功した

1984(昭和59年)

コンピュータ(画像処理システム、ダイレクトジャガード、電子ジャカード、エアジェット機械など)の導入により、生産額は急激に増大した

2006(平成18年)

imabari towel japan

四国タオル工業組合(現:今治タオル工業組合)は今治市及び今治商工会議所との連携により、今治タオルプロジェクトをスタート

2017(平成29年)

四国タオル工業組合から今治タオル工業組合に改組。

今治謹製の作り手
協力メーカー様のご紹介

株式会社藤高

株式会社藤高

1919年(大正8年)設立。特許技術を持ち、「ものづくり日本大賞経済産業大臣賞」を受賞されたこともある高い技術を要する日本を代表するタオルメーカー。

矢野紋織株式会社

矢野紋織株式会社

昭和27年に前身の丸清タオル工場が設立、昭和42年に矢野紋織株式会社として生まれ変わり現在に至る。織布や縫製までそれぞれの工程で職人の技が光るタオルメーカー。

楠橋紋織株式会社

楠橋紋織株式会社

昭和6年(1931年)に今治で創業された楠橋紋織様。日本有数のタオル産地である今治において、過去に昭和天皇が視察に訪れたこともある老舗メーカー。